BABY-G Presents Girl's PARTY!

Maybe!×BABY-G タイアップ企画With BABY-G Vol.30
HIGH(er) magazine  編集長
haru.

CULTURE

いまMaybe!が注目している 女性クリエイターにお話を聞く、 大好評のインタビュー企画。
憧れのクリエイターが 自身のお気に入りの BABY-Gとともに登場し、 過去・現在・未来の 制作活動について語ります!

haru.(はる)さん紹介

1995年生まれ。インディペンデントマガジン『HIGH(er)magazine』編集長。『HIGH(er)magazine』では、独自の視点でファッションやカルチャーを発信。アートディレクションや、執筆、写真なども担当する。今春、東京藝術大学を卒業し、今後の活動にますます注目が集まる。

二度のドイツでの生活が、クリエイティブのきっかけに

何かを作りたいと思うようになったのは、ドイツでの生活がきっかけです。小学校の時に父親の仕事の都合でドイツに行くことになり、現地の学校に入学しました。もともと祖父母が住んでいたこともあり、ドイツという国は身近ではあったのですが、実際に暮らしたことは私の価値観にすごく影響を与えたと思います。日本でいうと小学校5年生の時に帰国したのですが、その時は日本語もドイツ語も中途半端になっていて。自分で親に相談して、日本の4年生の学級に入れてもらったんです。それでもやっぱりギャップに悩んで。そもそも日本では同じ学年を二度やるなんて、びっくりされますよね(笑)。さらに、ドイツでははっきりものを言わないと伝わらないので、日本でもそうしていたら問題児のような扱いをされてしまって。自分でもどうしていいかわからなかったですね。
その後中学までは日本で過ごしていたのですが、卒業後に再びドイツへ行くことに。3.11の地震がきっかけでした。中学の卒業式の一週間後に、私と妹はドイツの祖父母の元へ送り出されたんです。
自我が確立してくる時期にまた違う国へ行ったことで、まさにアイデンティティの崩壊を感じていました。自分のルーツって何なのかな、故郷ってどこなんだろうと考えているうちに、ルーツってもしかしたらそんなシンプルな話じゃないのかもと思ったりもしました。ドイツにはいろんな文化の人がいるし、様々なバックボーンをもっている人がいるので、日本にいた時より世界が複雑に見えたんです。自分に自信がもてなくて、コンプレックスの塊みたいになっちゃってましたね。思い返しても、暗黒の時代。けれど、“外国人”になり日本を外から見てみたことが、私の制作欲につながったんだと思います。

言葉以外の方法で自分を伝える

日本語でも、自分のことをちゃんと知ってもらうって難しいことじゃないですか。それがドイツ語となったら、当時はどういう風にアピールしたらいいかわからなくて。その時にドイツでZINE(※注 個人で作るリトルプレスやアートブック)と出会いました。私もこういうものを作って、自分のことを言葉以外のもので知ってもらおうと思ったんです。
そこで、高校を卒業する時にクラスメイトを巻き込んでZINEを一冊作ることにしました。これは「私から見たあなた」というテーマで、クラスメイトひとりひとりに私がデザインしたTシャツを着てもらい、写真に撮って一冊にするというプロジェクト。この時初めて人とつながる方法を見つけた!と思えました。クラスメイトもみんな新鮮な経験だったみたいで、すごく喜んでくれて。私にとって、特別な経験です。

高校卒業後に、大学入学のため日本に帰国しました。両親が美術系の仕事をしていることもあり子どものころからアートは身近で、私自身も表現活動をしたいと思っていたので東京藝術大学の先端芸術表現科に入学しました。
初めて『HIGH(er) magazine』(※以下、『ハイアー』)を作ったのは大学1年生の時。入学直後の4月のうちに仲間集めて作り始めました。当時、大学の先輩でもあるファッションデザイナーの中里周子さんのお手伝いをしていて、その時に出会った子たちが最初のメンバーです。楽しかったですね。
『ハイアー』が影響を受けたと思うのは、『Purple』とか、『STUDIO VOICE』のような、90年代に盛り上がっていた雑誌。当時の編集メンバーもみんなその辺りの雑誌が好きでした。私自身は、小学校のころから雑誌が大好きで。毎月4、5冊買っていました。きっかけは『men's FUDGE』。スナップ特集に興味を持って、そこから雑誌って面白いかもと思ったんです。とにかくいろんな種類の雑誌を買い漁っていましたね。当時の中学生向けの『ピチレモン』や『Hana* chu→』、『ELLE』などのモード誌、音楽系の雑誌も。『JELLY』や、『ViVi』『zipper』、とりあえずいろんなものを追ってました。雑誌っていう形態が好きでしたね。ジャンルごとにアプローチも言葉も全然違って、それが面白くて。

HIGH(er) magazineは目の前にある問題を考える場所

この春大学を卒業しました。今、『ハイアー』は私とメンバーの2人で作っています。スタッフはその企画ごとにマッチする友達を誘っています。もめたりケンカしたりは本当にほとんどなくて(笑)。企画を実際にやるというところまでかなりの頻度で会って、とことん話して、どういうふうにするか詰めてから行動するので、ディスコミュニケーションはほとんど起きないですね。

私の活動はこれから多岐に渡っていく予定なのですが、『ハイアー』を大きくしたい気持ちはあまりなくて。今読んでくれている読者の人と一緒に、常に一番目の前にある問題を考えていく場にしたいんです。だからこそ、続けていくことが一番難しいし、一番大事なことだと思っています。
そもそも『ハイアー』は何足かのわらじがあって成立するもので、これだけやるのでは意味がないんです。仕事をするとか学校へ行くとか、社会の中で動いている状況じゃないと、実際にどういう問題にぶち当たるか、体感できないですよね。自分たちが行動することで問題が初めて見えてくるわけで、それを考える場所が『ハイアー』なんです。

これからやってみたいこと

今は社会学の勉強がしたいです。美大に未練はないですね(笑)。芸大はお会いできたことが財産だと思える先生もいらっしゃいましたが、やっぱり時が止まっている感じなんですよ。ほぼ男の先生しかいないし、私が在籍していた時はジェンダーの授業も全くなかったし。すごく狭くて特殊な世界なんですよね。本当は芸術って、もっと社会と繋がってないといけないし、自分たちの作るものがどう作用するのか、もっとリアリティを持って考えないといけないと思います。

だから、自分の今考えていることに示唆を与えてくれるような教授を探して、勉強してみようかなと。『ハイアー』の進路を考えることにもなりますし、メディアにおけるジェンダーの話をテーマにした講演に呼んでいただく機会が増えたので、きちんと学びたいんです。私はやっぱり作ることが自分のメインだと思っているので、論文や文献以外の形で、もっといろんな人に伝わる方法で表現したいと思っています。

着用モデルはコレ!

ビックサイズのフェイスは存在感があって、ジャケットにも合わせやすかったです。スポーティ過ぎず、アクセサリー感覚で持てそうです。

HIGH(er)magazine 6

※表示価格は、すべてメーカー希望小売価格です。

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